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・ぼく自身が若くて、フリーで仕事をしていたときに、
 文章を書くことを仕事にしている先輩が、
 なにげない感じで、こんなことを教えてくれました。
 
 「年をとると、いっしょに仕事をしてきた編集者が、
  みんな偉くなって、重い役職に着いちゃってね。
  それは、とってもいいことのようでもあるんだけど、
  もういっしょに仕事するってことにはならないんだ。
  実際の仕事、若い編集者がやることにになるだろ。
  そうするとさ、若い編集者からしたら、
  オレみたいな存在は、めんどくさいんだよ。
  わいわいと、気楽に仕事をしていくのって、
  同世代とか、ちょっと上か下くらいの作家でさ、
  そういうことになっちゃうわけよ。
  オレのほうが、いい仕事するぞ、とか言ったってね、
  だんだんと、大事そうな仕事ばっかりになるんだよ。
  重い大事そうな仕事だけが、くるんだ。
  そして、やがては、なにもなくなるんだろうな」

 後輩であるぼくは、そのときに、
 「まさか‥‥力量がちがうでしょうし」と、
 あんまり考えもしないで言ったと思います。
 でも、そのときのことばを、よく憶えているのだから、
 きっと強い印象があったんでしょうね。
 
 力のある人が、さらに力をつけていくことと、
 世代が交代していくということとは、
 ほんとうは矛盾しないようにも思いたいのですが、
 実際には、静かに仕事の現場は世代交代していきます。
 そういう意味では、長い期間、ずっと
 一線で活躍しているごくひと握りの人たちは、
 あらゆる意味で、ものすごい人たちです。
 「ほぼ日」に関わっている方でいえば、
 和田誠さんとか、大橋歩さんとか、横尾忠則さんとか、
 なにがすごいんだろうと、よくよく考えてみると、
 「よく聞きたがる」んですよね。
 「なに、それ?」って、いつも言ってるような気がする。
 なにかとよく聞いて、「へーえ」とおもしろがって、
 なるほどと思ったら、血や肉にしているんでしょう。
 相手が誰でも、「よく聞こうとする」‥‥これ、
 若い人でも、できない人はできないんですよねぇ。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
ぼくは厳重に防寒して、気仙沼の仲間に会いに行きまーす。

from ほぼ日刊イトイ新聞 http://www.1101.com/home.html

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・ぼくの知ってる、いままでの日本の教育制度って、
 どうしても、大学に入るまでのことが
 「受験勉強」として重要視されていたように思います。
 そのことの弊害もよく語られていますし、
 おそらく、これはこれでよかったこともあるのでしょう。
 いいことばかりもないように、
 わるいことばかりということだって、そうそうはない。
 
 ただ、このところ、
 「大学に入れたからって、安心できないよ」
 という、昔から言われていたことが、
 ほんとうになったんじゃないかなぁ。
 「いい大学の卒業証書」というものが、
 かつては(たぶんですが)土地の権利書のように、
 価値と意味を持っていたんでしょう‥‥かね。
 「いちおう卒業証書だけはもらっておかないと」、
 というくらいの意味は、あったのだと思います。
 
 でも、いまは「入学してからどうしていたのか」とか、
 「学校は学校として、自身はどう生きていくのか」とか、
 入学しただけでは得られないようなことを、
 社会から、企業から、周囲の人々から、
 問われるようになっているのではないでしょうか。
 (そうなると、ほんとは大学に入ったかどうかも、
  あまり関係なくなっちゃうような気もするのですが‥‥)
  
 そうなってくると、
 文字や、数字や、記号や、画像や、映像を、
 たくさん見ている時間も無視できないかもしれませんが、
 「生身の人間」や「直接の経験」を、
 どれほど呼吸してきたかが、とても大事になってきます。
 若いじぶんの「思うにまかせない」ものごとや人。
 整理して語り切れない「ほんとにあったこと」。
 声でしか伝えてもらえないようなことば。
 記録されないけれど、記憶される景色。
 そんなふうな、摂取するのに手間がかかるような養分が、
 その人その人の生き方をつくっていくでしょう。
 
 ‥‥そういうこと、かえっていいことのような気がする。
 免許や資格じゃなく、見えないものが磨かれそうだもの。