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・ぼくの知ってる、いままでの日本の教育制度って、
 どうしても、大学に入るまでのことが
 「受験勉強」として重要視されていたように思います。
 そのことの弊害もよく語られていますし、
 おそらく、これはこれでよかったこともあるのでしょう。
 いいことばかりもないように、
 わるいことばかりということだって、そうそうはない。
 
 ただ、このところ、
 「大学に入れたからって、安心できないよ」
 という、昔から言われていたことが、
 ほんとうになったんじゃないかなぁ。
 「いい大学の卒業証書」というものが、
 かつては(たぶんですが)土地の権利書のように、
 価値と意味を持っていたんでしょう‥‥かね。
 「いちおう卒業証書だけはもらっておかないと」、
 というくらいの意味は、あったのだと思います。
 
 でも、いまは「入学してからどうしていたのか」とか、
 「学校は学校として、自身はどう生きていくのか」とか、
 入学しただけでは得られないようなことを、
 社会から、企業から、周囲の人々から、
 問われるようになっているのではないでしょうか。
 (そうなると、ほんとは大学に入ったかどうかも、
  あまり関係なくなっちゃうような気もするのですが‥‥)
  
 そうなってくると、
 文字や、数字や、記号や、画像や、映像を、
 たくさん見ている時間も無視できないかもしれませんが、
 「生身の人間」や「直接の経験」を、
 どれほど呼吸してきたかが、とても大事になってきます。
 若いじぶんの「思うにまかせない」ものごとや人。
 整理して語り切れない「ほんとにあったこと」。
 声でしか伝えてもらえないようなことば。
 記録されないけれど、記憶される景色。
 そんなふうな、摂取するのに手間がかかるような養分が、
 その人その人の生き方をつくっていくでしょう。
 
 ‥‥そういうこと、かえっていいことのような気がする。
 免許や資格じゃなく、見えないものが磨かれそうだもの。

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